エンジェル役を演じるジョーダン・ドブソンは、音楽的素養から作品を分析する知的でおだやかな語り口が印象的な人。
――今回が初来日だそうですね。
そうなんです。今まで訪れた中でも最高の場所だと思います。コミュニティ文化に根差した日本の文化に強い印象を受けています。それに、自然も本当に美しいですね。
――今回の出演の経緯は?
今回の演出を担当しているトレイ・エレットとミュージカル『イントゥ・ザ・ウッズ』で共演したことがあるんです。そのときから僕たちは友達になり、互いに支え合ってきました。そして、僕が舞台でさまざまな役を演じるのを観てきたトレイが、『RENT』を手がけることになったからエンジェル役をやらない? と誘ってくれて。日本で非常にやりがいのある仕事ができて、彼には本当に感謝しています。
――『RENT』という作品のイメージは?
こんなにも有名な作品なのに、実はあんまり詳しくなかったんです。俳優なのに、と思われるかもしれませんね。でも、その分、本当に新鮮な気持ちで、先入観なく取り組めているのではないかと思っています。演じていて楽しい作品ですし、感情的に非常に心揺さぶられるときがあるので、ときどき作品のパワーに圧倒されてしまうところがありますね。いろいろな意味で非常に充実した時間を与えてくれる作品です。
――エンジェル役を演じていていかがですか。
本当に楽しい役なんです。エンジェルはとてもハートフルな人で、何も弁解することなく人生を生きている。だから、演じていても、非常に自由だし、自分自身が解放されるのを感じられる。エンジェルが、どんな状況にあろうと、人々の中にある善の部分を見ている人であることが、演じていてとりわけ楽しいですね。舞台でそんなエンジェルの人間性とエネルギーを表現することは、非常に喜びをもたらしてくれます。
――エンジェルは、人々を幸せにしようと生きているところのある人ですよね。
そうなんです。いつもみんなの気持ちを前向きにしようとしていて、いい雰囲気を作り出そうとしている人ですよね。作品の中ではさまざまな対立関係が登場するので、そんな中で仲裁役的な役どころを演じられるのもいいなと思います。
――今、お話を聞いていて、だから「エンジェル」なんだなって腑に落ちました。好きなシーンやナンバーは?
「La Vie Bohéme」かな。みんながステージ上にいて、作品の中で一番楽しい部分だし、どこかエスタブリッシュメントに対するレジスタンスのようなものを感じられるから。そういった反抗心のエネルギーって、自分が愛する人々と一緒にいるとき互いに大いに影響を与え合っていくものだし、あの場面で一緒にいる人々は互いに対して本当に愛があると思うんですよね。愛の精神をもって、共に、権威といったものに対して抵抗する。そんな場面を舞台上で演じることができるというのは、大切な贈り物のように感じています。
――あの場面で、この作品のもととなったプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の旋律が流れたりしますよね。
『ラ・ボエーム』との関連性をもっとも感じられる場面ですよね。長年上演され、受け継がれてきた作品を、新しいものへと変化させて、さらに受け継いでいく。素敵なことだと思います。
――子供のときからミュージカル・ファンだったんですか。
それが違うんです。音楽は大好きで、クラリネット、サクソフォン、フルートといった木管楽器、それにピアノやギターを弾いていました。オーケストラに入って交響曲を弾くこと、それに、ミュージカルのオーケストラ・ピットに入って演奏することにあこがれがありました。ある日、出身地のフィラデルフィアでジェイソン・ロバート・ブラウンが作詞・作曲を手がけた『パレード』を観劇したんですが、音楽によるストーリーテリングのすばらしさに心を動かされ、人生の進路が変わりました。ミュージカル俳優になることを決め、カレッジでミュージカルを専攻したんです。
――音楽演奏を経験してきたことが、現在のキャリアにも役立っているのではないですか。
その通りです。ブロードウェイでミュージカル『ヘイディズタウン』のオルフェウス役を演じたときはギターを弾かなくてはいけませんでしたし、ニール・ダイアモンドの伝記ミュージカル『ビューティフル・ノイズ』オリジナル・プロダクションで「Shilo」を歌ったときも、自分で曲をアレンジしてギターを弾きました。音楽的バックグラウンドが、ミュージカル俳優としてキャリアを積むにあたって大きな助けとなっています。指揮者になるのも夢だったんですが、最近、レナード・バーンスタインの伝記映画『マエストロ』(Netflix)に出演し、役柄を通じてオーケストラを指揮する夢がかないました。
――『RENT』の楽曲の魅力についてはいかがですか。
コミュニティというものの大切さが描かれているところだと思います。友情関係が、そのときどき人々が直面している問題の違いによって移り変わっていく集団力学を見ているのが楽しいというか。そして、音楽自体がそういった人々の物語を美しく語っていくところ。この非常に重要な物語において、音楽そのものが観客の心を開いていくところがあるんだと思うんです。音楽の力なくしては、心はちょっと閉ざされたままになるかもしれないと思う。でも、ジョナサン・ラーソンが作詞・作曲を手がけたすばらしい音楽が、人々が心をオープンにしてこの物語を存分に受け止めることを可能にしている。それが、『RENT』という作品のすばらしさ、『RENT』という作品を特別な存在にしている要因だと思います。
――『RENT』の物語についてはいかがですか。
長年友情関係にあった人々が登場し、そこに新たな人物も加わって、それぞれがおかれた現在の状況から、友情が壊れてしまったり、恋人たちの別れがあったり。そして、エンジェルの悲しい死によって、人々の心がまた一つになっていきます。病に侵されたことにより、生の時間が限られてしまっている人々が、その苦境において、力の限り生きている。そんな姿を極限まで高めて描いているという意味で、『RENT』にもやはりオペラ的な要素が受け継がれていると思うんです。
――確かに、人生においては、誰かの死によって人々の心が一つになっていくということがあったりしますね。
悲しみが人々の関係を修復するということってありますよね。おもしろいのは、エンジェルは生きている間、人々の心を一つにしようと奮闘し続けている。そして死して人々の心を一つにするんです。そこに、人生の教訓があり、エンジェルというキャラクターの魔法が存在すると思います。「エンジェル」という名のゆえんですね。
――今回は日米合作プロダクションです。
日本のチームと仕事をするのはとても楽しい経験ですね。(山本)耕史とはお互いに英語と日本語を教え合っているんです。それで、二人して笑ったり。日本とアメリカの文化が異なる中、耕史とクリスタル(ケイ)が我々とは異なるアプローチでこの物語と向き合う姿を見ているのは非常に貴重な経験です。日本社会の方がアメリカ社会よりコミュニティの感覚が強いように感じているのですが、そのことが、コミュニティの大切さを描くこの作品においていい方向に作用しているなと思います。日本のチームには本当によい環境を作っていただいていて、非常に気を配っていただいているなとすごく感じるんですね。だから、我々としても、できる最大限のことでお返ししていきたいなと考えています。本当に笑いの絶えない、楽しい稽古場です。日本の観客の皆さんにも、劇場でいい時間を過ごしていただけたらと思いますし、もし作品に感動したときは遠慮せずに叫んでいただきたいと思います。そういう反応、アメリカ人としては大いに歓迎です(笑)。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)
エンジェル役ジョーダン・ドブソンからメッセージ動画も到着!