ロジャー役を演じるアレックス・ボニエロは、ミュージカル愛にあふれた熱い人。
――日本は初めてですか。
初めて日本に来られて本当にわくわくしているよ! 前から、2週間くらいバケーションで行きたいなんて考えていて。それが、今回のオファーが来て、3カ月もいられるなんてすてきだと思ったんだ。公演会場の渋谷・東急シアターオーブにはまだ足を運んでいないけれども、劇場入りで初めて訪れたときに感じるわくわく感を大切にしたいと思っていて。ディズニーランドに行くのも楽しみだし、ビデオゲームが大好きなので、秋葉原に行って昔のゲームをいろいろ買いたいな。友達にも買ってきてって頼まれているゲームがあるんだよね。
――『RENT』との出会いは?
高校生のときとカレッジのときにマーク役で出演経験があるんだ。大人になり、見た目的にも成長した今、ロジャー役に挑戦することになった。昨年、ワシントンのジョン・F・ケネディ・センターで上演された『RENT』のワールド・シンフォニック・プレミアにもロジャー役で出演していて。そのとき、オーケストラをバックにしたコンサート・バージョンももちろんすばらしいけれど、ロジャー役を舞台版で演じたいという気持ちが高まったんだ。ミュージカルって楽しいと感じさせてくれた作品がいくつかあるんだけれども、その一つが『RENT』。子供のころ、僕がまず興味をもったのは音楽で、ギターを弾いていて。いろいろなジャンルの音楽を弾くけど、一番はロックだね。こういう感じのミュージカルがあるなんて、『RENT』に出会うまで知らなかった。今でも俳優としてだけじゃなくミュージシャンとしても活動しているし、ブロードウェイで最初に出演した『春のめざめ』では俳優、そしてギタリストとして出演していて、ギターを弾きながらステージ上を走り回っていたんだよ。『RENT』でもギターを弾けるし、俳優かつミュージシャンとして出演できる作品のオファーをもらえるのはうれしいよね。
――『RENT』の音楽の魅力は?
1990年代の音楽が盛り込まれていて、音楽のタイムカプセルみたいなところがあるよね。作詞・作曲・脚本を手がけたジョナサン・ラーソンが、その時代にラジオで流れる音楽をどうやったらミュージカル作品に仕立て上げられるか工夫を凝らしているのが感じられる。ミュージカルのクリエイターにとって、同時代の観客とコネクトできる作品を創り上げるのは本当に大切なことだと思う。その意味で、ジョナサンの『RENT』は意義深い作品だと思うし、同じことが、僕がコナー・マーフィー役で長らく出演していた『ディア・エヴァン・ハンセン』にも言える。ミュージカルの歴史、その伝統を尊重しつつ、時代性を重んじていくことで、その芸術形式が受け継がれていくから、若い世代、次世代のアーティスト候補となる世代にもアピールする仕事をしていくことは本当に大切だと思う。次世代のアーティスト候補は明日のレジェンドかもしれないから。
――学生時代、『RENT』に出演されていかがでしたか。
最初は18歳のときで、上手くできたかどうかはわからないな。高校での上演だから、放送禁止用語的なものをカットして、全体の尺も短くして。カレッジではフル・バージョンに出演できた。高校最後の年も、カレッジ最後の年も『RENT』に出演できて、特別な作品だと感じるよ。そして今回はロジャー役。これまでブロードウェイでもティーンエージャーの役をたくさん演じてきたけれども、やっと大人の役、自分と同世代の役を演じられるように成長したなと思うし、これまでのいろいろな経験を注ぎ込んで演じられる。歳を重ねるにつれ、友人を亡くしたりといったことも経験した。だから、今、日本に来てロジャーという役を演じることは僕にとって非常に意味のあることなんだ。
――マークとロジャー、両方の役の視点から『RENT』を経験できるわけですね。
リハーサルでも最初のうちは(マークを演じる山本)耕史のセリフを歌ったりして、耕史に「それはマークのセリフ!」なんて言われていたよ(笑)。マークも演じたことによって、作品全体をより深く解釈できるようになったと感じていて。なぜなら、ジョナサン・ラーソンは作品の中のさまざまなキャラクターの中に存在している。ロジャーの中にも、マークの中にもジョナサンがいる。両方の役を演じることによって、よりジョナサンを理解できるようになったし、この作品をクリエイトしているとき彼が何にフォーカスしていたかもわかるようになってきて。耕史の演じるマークを見られるのも楽しいな。マークはこの作品のナレーターだから、日本人である耕史が日本の観客とこのプロダクションとの橋渡し的存在となってくるわけで、そこが非常にいいなと思っていて。耕史は本当にハードワーカーで、僕が日本語で出演することを考えたら、英語で出演するにあたっての彼の努力がどんなに大変なものか、尊敬すべきことだよ。モーリーンを演じるクリスタル( ケイ)もすばらしい人だ。ほとんどのキャストはアメリカ出身で、ブロードウェイで舞台に立っているけれども、ミュージカルという芸術形式に対する別の視点を知ること、そしてブロードウェイ以外の場所で人々がミュージカルにいかに情熱を注いでいるかを知ることは本当に重要なことだと僕は思う。ある特定の場所で仕事をしていると、そこでだけ何かが起こっているかのような感覚に陥ることがある。でも、日本に来て、耕史がこの作品に熱心に取り組む姿はみんなの心に響いているし、非常に貴重な体験をしているよ。
――ロジャーとマーク、どちらにより共感しますか。
ロジャーだね。病に侵された彼のような人生のタイムリミットは僕にはないけれども、彼が過去に作り上げてきたものと訣別しなくてはいけないという感覚もよくわかるな。ジョナサンの自伝的ミュージカル『tick,tick … BOOM!』もそうだけれども、常にチクチク時計の音がしているというところがジョナサンの作品にはあるんだよね。ロジャーの、すべてに対して心を閉ざしてしまうみたいなところもよくわかるから、彼を演じることでセラピーを経験しているような感覚もある。でも、人に対して心を開いて接することで人生はより美しくなっていくということも、成長するにつれわかってきたことなんだけれども。
――好きなシーンやナンバーは?
いっぱいあるよ。エンジェルが死んだ後の「I’ll Cover You (Reprise)」は、聴くたび泣いてしまうな。作品の中でもっともすぐれた曲の一つだと思うし、今回ジョアンを演じるリアン(・アントニオ)の歌も本当に美しいんだ。そこから作品のエンディングにかけての流れが本当に好きで。そのあたりから作品のムードがさみしいものになるけれども、みんなにとって発見すべきものも非常に多いパートだと思う。AIDSのエピデミックが始まったころ、人々がどんな状況を経験していたか、その真実をよく伝えている。もはや共に生きてはいない人たちが、ただの数字として死者にカウントされるのではなく、その一人一人が人間として生きていたということを語っている。ジョナサンは、彼がよく知っていて、この世を去った人々を、その人の人間性丸ごと書くことができる人だった。だから、観客はこの舞台から決して目を背けることはできない。AIDSのエピデミックが始まったころ、そんなものは存在しないと目を背けていたことを考えると、それは本当にすごいことなんだ。日本の状況についていろいろ語れるほど僕は詳しくないけれども、アメリカの社会・文化について語ると、いつだって「行け! 進め! ゴー!」みたいなところがあって。でも、この作品のポスターに「NO DAY BUT TODAY」とあるように、人生のすべての瞬間が大切で、すべての瞬間が人生を形成しているわけで、そのことを我々に思い出させてくれるのがこの作品のすばらしいところだと思う。例えば、友達とコーヒーを飲んだりする時間はすぐに過ぎ去ってしまうけれども、それだって貴重な瞬間だよねだ。僕自身、それが得意というわけじゃないけど、じっと座って今この時を楽しむということを思い出させてくれる作品だと思う。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)
ロジャー役アレックス・ボニエロからメッセージ動画も到着!